【心理】運の良し悪しの仕組み―何が決めているのか、どうすればいいか

自分は運が良い/悪いという人がいますが、

運の良し悪しは何が原因になっているのでしょうか。

その点について考察します。

1.心理学実験-運の良い人・悪い人の違い

運が良いと思っている人と悪いと思っている人の違いを調べる心理学の実験がありました。

被験者に対して新聞に載っている写真の枚数を数え、数え終わったら手を挙げてもらい

数え終わるまでの所要時間を比較するというものです。

実験が終わり、運が良いと思っている人と悪いと思っている人の所要時間には

大きな差があったそうです。

運が悪いと思っている人の所要時間は5分(正確な時間は忘れましたが)

運が良いと思っている人の所要時間はわずか数秒。

この極端な差は何によるのか?

実は新聞の1ページ目には次のような文が書き込まれていたそうです。

「この新聞の写真は○○枚です。数えるのをやめて手を挙げるとプレゼントがあります。」

運が良いと思っている人たちは、この文を見て数えるのをやめてすぐ手を挙げました。

運が悪いと思っている人たちは、写真の枚数を数えることに頭がいっぱいで、

この文に気づいていなかったとのことです。

つまり

運が良いと思っている人たちは、視野が広くアンテナを張って、自分に有利な情報はないか

枚数を数えることばかりにとらわれずに、状況を俯瞰しているようです。

運が悪いと思っている人たちは、枚数を数えることにまっしぐらに進む思考であるため、

有利な情報があってもそれに気つかず、チャンスを見逃してしまう傾向にあるようです。

ただし、運が悪いと思っている人たちの中には優秀なビジネスマンも含まれていて、

必ずしも才能能力の差にはよらないようです。

2.運の良い人は次のチャンスを待てる

「チャンスの神様には前髪しかない」と言われます。

チャンスの神様は走って来るのですが、

すれ違う時に捕まえようとしても前髪しかつかむところがなく、

神様が通り過ぎる時に気づいて「これがチャンスだ!」と思って髪をつかもうとしても

後ろ髪がないためつかめないという意味です。

タイミングを見極めて即行動しろという教訓です。

私はこれにはもう一つの意味があると思っていて

後ろ髪が長くないどころか、髪が無いというのは、未練を残すなということだと思います。

「あの時あのチャンスをつかんでいればなあ…」と未練を残し後悔する人が多いです。

もし後ろ髪が長かったら、

「チャンスをつかむタイミングが長かったのに、何でつかみ損ねたんだろう…」

と後悔が強くなったり

「もっと後ろ髪が長かったらなあ」

と自分のことを棚に上げて他責してしまう

そう考えてしまわないでしょうか。

見送ったチャンスをいつまでも悔やんでしまう、後悔の念で頭と心がいっぱいであるため、

新たなチャンスが来てもそれに気づかない…そうなってはいけません。

前髪しかないというのなら、諦めがつくのです。

「チャンスのタイミングは一瞬しかないのだから仕方がない」

様々のチャンス来るので、今のチャンスは逃しても、別のチャンスがまた来ます。

見送った/過去のチャンスはあきらめて、次に来るチャンスを待ち構え、捕まえることです。

3.運の根本はフォーカス・評価・記憶

運が良い/悪いと思ってしまう原因は何でしょうか。

衣類たとえばコートをクリーニングに出したいと思ったとして、

街中を歩いているとクリーニング屋の看板が目につきませんか。

あるいは歯が痛いと歯医者が目につきませんか。

普段はなにげなく歩いて、どこに何の店があるか記憶に残っていなくて、

ニーズ・関心(クリーニングや歯の治療)があると目に留まる・入ってくるものです。

同様に「赤いものを見つける」というテーマを立てると、

すぐに赤いものを見つけられるでしょう。

何に関心があるかによって、脳が見つけ出すものが違うのです。

別の話題ですが、

「昔はよかった」とか「学生時代は大変だった」と過去の評価があります。

本当に「良かった」のか「大変だったのか」は分かりません。

というのは…

私は、学生時代は運動と人付き合い、発表会、朗読が苦手で、その方面は苦手でした。

理科や社会、読書・図書館、給食(笑)は好きでした。

後者の好きなこと得意なことにフォーカスを当てると、学生時代は楽しかった時代でしょう。

苦手なことは「そんなこともあったな」ぐらいの低い評価でしかありません。

前者の苦手なことにフォーカスを当てると、苦しかった学生時代になり、

「好きなことはあったけど辛い時代だった」との評価になります。

そもそも生きていく中では

良いこと/悪いこと、楽しいこと/苦しいこと、ほめられること/叱られること

など両極端のことが入り混じっていると思います。

山あれば谷あり、晴れも雨もあり、暑い日も寒い日もあります。

何にフォーカスを当てて、どう評価するかは、私たち自身が決めることです。

さらに、フォーカスと評価により脳の記憶さえも書き換わります。

「良い思い出しかない」「悪い記憶/印象しかない」「○○だったはずだ」

というのがこれです。

脳の記憶が書き換わっているので、自分に都合のいい(自分の評価にあう)事しか

見えていない/記憶していないというのが真相です。

そのため、評価、思い込み、考え、記憶、印象、感じは

自分の脳で作っている、自己責任である、ということになります。

運が良い/悪い、幸せ/不幸などは、

自分でそう思っているだけで、そのような実体はないということです。

自分は不幸だと思っている人は、自分が不幸になるように思考・行動しているのです。

自分は運が悪いと思っている人は、良い運をつかまないように・チャンスをつかまないように

そのような行動をしているのです。

4.運は自分で良くするもの

運が悪いと思っている人は、本人が悪くしているのです。

自分は運が悪いと思っているから、引き寄せていて、その通りになっているのです。

失敗するように行動しているから、失敗します。

転ぶように歩いているから、転ぶのです。

危ないことをしているから、その通りに危ない目に遭っているのです。

「人生は本人の思った通りになる」といいますが、その通りです。

それなのに他人のせいにしていては、改善のしようがないです。

その意味で「マイナス思考は不幸そのものである」のです。

政治家は余計なことを発言して、ブーメランで返ってくることが多々あります。

余計なことを発言しているから、えらい目に遭うのです。

だから、うかつなことは言えないでしょう。

昔から「沈黙は金」というのは、その通りです。

最後までお読みいただき、ありがとうございました。

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