わかりやすい大嘗祭~30年ぶりに行われる天皇即位の重要祭典

こんにちは、古神道と風水の研究家ヒデです。

今年、令和元年(2019年)11月に、大嘗祭が行われます。

天皇陛下の一世一代のとても重要な祭典なので、

これについて書きます。

この記事の目次




1.新嘗祭とは毎年の収穫祭

年間の皇室祭祀の中で最も重要なのが、

毎年11月23日に行われる新嘗祭

(にいなめさい・にいなめまつり・しんじょうさい)です。

天皇陛下が神嘉殿で、新穀を天照大御神はじめ神々にお供えし、

神恩を感謝され、神々とともに召し上がる祭典です。

天皇陛下は平安初期の第五十二代嵯峨天皇のときに定められた

ご祭服を身につけられ祭典に臨みます。

午後6時より「夕の儀」、

午後11時より「暁の儀」が行われ、

祭典は翌午前1時過ぎに及びます。

2.大嘗祭は一世一代限り

天皇即位して初めての新嘗祭を

大嘗祭(だいじょうさい・おおにえまつり・おおなえまつり)といいます。

この祭を執り行うことで、

本当の天皇になるという、それだけ重要な祭です。

歴史上大嘗祭を経なかった天皇は半帝といわれます。

鎌倉時代の第八十五代仲恭天皇です。

在位は1221年5月13日から同年7月29日とわずか2か月。

後鳥羽上皇らがおこした承久の乱に参加するため、

父の順徳天皇が4歳の皇太子に譲位。

朝廷側が破れると、鎌倉幕府は仲恭天皇を廃位し、

母の九条家に引き渡されるも17歳で崩御。

即位式も大嘗祭も行わなかった天皇です。

飛鳥時代の天武天皇のころに始まったとされます。

3.大嘗宮が皇居東御苑に

前回の大嘗祭は平成2年11月22日に行われ、

皇居東御苑内へ大嘗宮が設置されました。

写真は、神社本庁の「御代替り」からです。

今年の大嘗祭は11月14‐15日であり、

その7日前に作り始め、5日で完成。

祭が終われば即撤去とされます。

ただし数日間は見学できるようです。

4.大嘗祭までの流れ

①悠紀と主基~東日本と西日本から

全国を代表した斎田からとれた米を神饌として捧げます。

東日本と西日本から選びます。

●悠紀(ゆき)地方~京より東

●主基(すき)地方~京より西

に選ばれた二国の新穀を、皇祖及び天神地祇にお供えし

五穀豊穣と国の安寧を感謝しつつ、

さらに国家と国民の安寧・五穀豊穣を祈念される祭典です。

画像をご覧の通り、

左右(東西)同じ建物が対称的に配置されます。

東側が悠紀殿(東日本)、西側が主基殿(西日本)です。

それぞれ悠紀地方・主基地方の新穀がささげられます。

②斎田を決める儀式

この悠紀・主基を決める「斎田点定の儀」が5月13日に行われます。

亀甲占いで決めます。

平成の時は、悠紀田は秋田県、主基田は大分県でした。

③稲穂を収穫

斎田抜穂の儀が秋に行われます。

収穫してお供えできるようにするのです。

④賢所大前の儀(10月22日)

皇祖天照大御神の神前での即位礼です。

⑤皇霊殿・神殿奉告の儀(10月22日)

歴代天皇・皇族、天神地祇八百万の神への奉告です。

⑥即位礼正殿の儀(10月22日)

ヨーロッパ風に言うと戴冠式です。

平安時代の装束で、

天皇陛下と皇后陛下がそれぞれ、高御座と御帳台に

のぼられ、お言葉を述べられます。

国の内外に即位したことを宣言されます。

神社本庁「御代替り」から、平成二年の時の模様です。

⑦祝賀御列の儀(10月22日)

祝賀パレードです。

⑧饗宴の儀(10月22日)

祝宴です。

5.大嘗祭当日(11月14日)

新嘗祭とおなじく夕方から祭典が始まり、

日付が変わる頃まで行われます。

天照大御神はじめ神々に神饌を捧げ、

それを天皇陛下自身も召し上がります。

神人共食といいますが、

神と同じものを飲食することで一体となるという考えです。

神社で祈祷をしてもらったときに、

神様に捧げたお神酒をいただいたり、

参列者同士飲み食いする直会(なおらい)も、

神と一体になる・参列者同士一体になる、

などと同じ考えです。

神社本庁の画像です。

最後までお読みいただき、ありがとうございました。




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