現代に引き継がれている、縄文の知恵、日本人の特性

こんにちは、古神道と風水の研究家ヒデです。

今日は縄文文化が現代に引き継がれている、について書きます。

この記事の目次




1.自然・ありのままを受け入れる

惟神(かんながら)という言葉があります。

神にお任せする・人間の考えではなく神に従うという意味です。

①自然が神だから…受け入れる

縄文人は、自然を神として起こることはすべて神のなせるわざで、

自分たちに都合の良いように理屈理論を挟まなかったようです。

起こることをまず受け入れ、どう対処するかだけでした。

神道に教義がないのも、自然が神だからです。

自然(神)は、必ず収まるところに収まるということに気づいていたからで、

人間の考えることより自然(神)がなすことの方が優れており、

自然(神)に順応することが最良の選択と思っていたのでしょう。

この縄文人の精神感が日本人の意識に引き継がれ、仏教や儒教が入ってきても、

それらに飲み込まれることがなかったのです。

人間の知恵より自然の働きに価値を置いていたからです。

世界の歴史を見ても、戦争に負けた敗者は、

勝者の宗教や制度、言語に入れ替えられることがほとんどですが、日本にはそれがないです。

人間の作りだした考えより、

自然を重んじる縄文人の意識が残っているからでしょう。

②対処すればいい

日本料理は、食材の自然の状態を生かして作ります。

刺身や調味料も自然の味を生かしています。

盛り付けも自然美を表しています。

縄文人は、ありのままを見て、奥に目を向けていたようです。

天変地異が起こっても、相手が自然なので、

素直に受け入れて対処、対策を講じていたのでしょう。

「なぜ天災が起こったんだ、何がいけなかったんだ」

「どんな意味があるんだろう?」

…つらくないですか?答えが出ますか?

だったらそう考えるのをやめます。

代わりに「どうすれば被害を少なくできるか」を考えます。

東日本大震災では古くからある神社は、津波の被害にあわなかったと、

聞いた方は多いでしょう。

古い神社を線でつなぐと、津波の到達ラインになるとか。

過去の津波経験から、「ここまで逃げれば大丈夫」

その目印が神社になったのでしょう。

自然の行いに、善悪の区別はありません。

自然は苛烈でも必ず災害は収まる、だから

いかに物事が収まるか・収めるかを考えていました。

収まれば自然は逆に恵みももたらしてくれ、優しくしてくれます。

ここから日本人のあいまいさ・お人よし・性善説

が派生してきたのかもしれません。

2.西洋の考えかたでいいのか?

①二元論は対立を助長する

欧米的な二元論では対立していきます。

善と悪・損と得・敵と味方・論理と非論理…など。

それら善悪などを判断するのは人間です。

人間が作り出した、エホバなど一神教の神の判断基準です。

神道では自然が相手なので、自然が行うことをありのままに受け入れ。

人間が判断しなかったのです。

二元論でAかBかだと、

いつまでたっても対立が続き、議論が終わりません。

時間がかかってしようがないです。

自己啓発的な

「自分のやりたいことは本当は何か?」

「正しいやり方は何か?」

これらも二元論的です。

正しい答えが出るのでしょうか?

とにかく何でもいいからやってみよ、といいます。

やることで(理屈はよくわからないが、受け入れて感性・直感的に)、

新たな視界が開けてきます。

②個人や自我の確立でいいのか?

西洋近代主義は、個人の確立や自我を重視します。

「自分はこういう考えを持っている」「ほかの人とはこんな違いがある」

日本古来の考えは逆です。

個人や自我を必要ないとします。

「我を取り去れ」とさえ言われます。

というのは…

先祖と私たちは一体だからです。

あたりまですが、先祖と私たちは、顔も性格も似ています。

「今の当主は先代のお父さんとそっくり」

先祖と顔や性格や声や芸や思想、…ほぼ同じ人が目の前にいるということ。

お父さん・お爺さん・ご先祖さんがあなたの身体の中にDNAとして入っています。

あなたの行動は、ご先祖さんたちが行動しているのと同じです。

あなた一人ではありません、ご先祖総出で行動しているのです。

歌舞伎では○○代目市川團十郎、

商人の世界でも○○代目吉右衛門など何代目当主とか

襲名することが多いです。

これも先祖代々の名前を引き継いで、ご先祖総出で芸や商売をしているのです。

名前を受け継ぐ襲名で、言霊的にも先祖と一体になっているのです。

③死も大事

「生はすばらしい、死は忌避すべき」と思っている人は多いです。

せいぜい80年・100年しか生きられない人生、

肉体を持たない「死」が圧倒的に多くの時間を占めます。

神道は死後の世界をもちろん肯定します。

短い「生」にそれだけ重きを置く必要があるのでしょうか。

原初の生物は細胞分裂を繰り返してそれぞれの細胞は生き続けました。

それが、環境に対応し進化するため、また後輩・子供たちを生かすために、

先輩・親は死ぬことにしたのです。

「死」は後に続く者たちのためのの発明です。

死んだ方々を神として敬います。

死ぬことを「神去(かむさり)」「神かえり」「帰幽」

などと呼ぶ理由があります。

生は「昼間の時間」死は「夜寝ている時間」とも表現します。

生の死も連続していて、死んだらまた戻ってくるのです。

死んでいる間にリフレッシュするのです。

3.女性は特別な存在

縄文文化は、女性上位ではと思うくらい女性を大切にします。

土偶はまじない目的と言われますが、女性をかたどっています。

出産し子供を育てることは、女性にしかできない神秘さ…

その力にあやかっているようなのです。

シャーマンには女性が多く、イタコ・ユタはみな女性です。

弥生時代のヒミコや後継者トヨも女性で、

その神秘的な力で国を治めたようです。

神道の最高神・皇室の祖先神とされる天照大御神は、

女神とされます。

かつて妻は結婚しても実家の姓を名乗りました。

源頼朝の妻北条政子、足利義政の妻日野富子がその例です。

結婚式の家紋も実家の紋。

古代は、妻は実家住まいで夫が通ってくる夜這い。

子供が生まれても実家で育てていました。

妻は屋敷の一番奥の部屋つまり最上位の部屋に住んだので、

奥様と呼ばれます。

カミさんという表現も「お上」「神さま」から来たと言われます。

台所は古来より女の城で、男子禁制の聖域だったそうです。

私も祖父母から「男は台所に入るもんじゃない!」と言われました。

田舎ほどその傾向があるようです。

4.世界一豊かな恵みからムスヒ

①グルメ

日本列島は四方を海に囲まれ、それだけでも魚介類が良く採れます。

それに加えて、

暖流(黒潮・日本海流、対馬海流)で南方の暖かい地方の魚が日本に来ます。

寒流(親潮・千島海流)で北方の寒い地方の魚が日本に来ます。

鯛・カツオ・マグロ・サケ・ブリ・ひらめ・クジラ。

世界有数の漁場なのです。

日本列島は複雑な地形が多く、波の静かな湾や干潟では、

あさり・はまぐり等貝、わかめや昆布など海草も多く採れます。

かき・ひじき・エビ・カニ・しゃこ。

山野ではイノシシ・鹿・キジやカモなど鳥類。

クリ・ブドウ・イチゴ・アケビ。

サトイモ・長いも・しょうが・たら・ふき等山菜。

…きりがありませんが、世界一のグルメ大国でした。

そのため縄文人には虫歯も多かったようです。

味覚についても、

中華料理五味西洋料理四味と言われます。

甘い・辛い・酸い・苦い・塩辛い、です。

日本人はこれに加えて、昆布などの旨味、

お茶などの渋味も味わうことができると言われます。

縄文人のグルメによって、私たちの味覚が広がっている・繊細になっているようです。

②交易

新潟県糸魚川あたりのヒスイ、秋田の天然アスファルト瀝青(れきせい)、

岩手県久慈の琥珀(こはく)、北海道の黒曜石、…

これらが日本全国で出土しています。

日本全土にわたって交易していたようです。

奄美や沖縄のイモガイも東日本で見つかっていることから、

航海技術も我々の想像を超えています。

三内丸山遺跡のランドマークも、

その当時の繁栄を伝えています。

災害も恵みももたらす自然…

その中で他の人と協力しながら共同で生活、共生する、

関係をよくするため敬い合う、

これが縄文人の生き方です。

豊かさは豊富なので、奪い合う必要はなく、

むしろ山の民と海の民と共存、

持っていないものを交易する、こんな生き方です。

③多様なものに囲まれる中で和が生まれた

山の民・海の民、ヒスイや黒曜石、お互いに持っている幸が違う…

ここから神道の「ムスヒ」が出てきました。

「ムスヒ」とは、異質のものが融通し合い、新たなものを作り出していく、

外来も受け入れていく、という考えです。

これは聖徳太子の十七条憲法の第一条

「和を以って貴しとなす」

にも表れています。

仲良くしてお互いの持っている物・知恵で日本の共同体を作り上げていこう、

というのです。

自然すべてに神が宿る・万物は分霊で尊い・平等という考えがあったからこそ、

すべてと調和し合い、秩序を保ちます。

この秩序を乱す・壊すことは怖れを感じていたのです。

日本の歴史には奴隷制度がありませんでした。

世界史では奴隷は動物と同じ扱いをされ、簡単に殺されました。

身分制度はあっても完全にがっちり固いものではありません。

士農工商で農民や町人が例外的に武士になれたり、武士が農民になったり。

みな尊い同じ人間だとの認識が根底にあったからです。

世界はそうではないので、異民族を奴隷にしたり、殺すことに躊躇しなかったり。

身分が違うと他国人のように扱ったり。

最後までお読みいただき、ありがとうございました。




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