太陽の道~パワースポットを結ぶ線を古代人は知っていた

こんにちは、古神道家のヒデです。

日本地図を眺めると、神社や寺の配置には規則性があるように見えます。

これについて書きます。




1.太陽の道

北緯34度32分という有名なラインがあります。

太陽の道と言います。

右(東)から

①観音信仰の長谷寺、西国三十三か所霊場の根本霊場として重要な寺院です。

②三輪山、ピラミッド状の美しい稜線で、山頂には磐座があります。

古代の祭祀が行われていたようです。

この山をご神体とする大神(おおみわ)神社は、

大和国一宮(一宮とはその国で最も重要な神社)です。

③元伊勢・桧原神社の詳細は、以下※をご覧ください。

④国津神社は、天照大神の五柱の御子神を祀る古社です。

⑤箸墓古墳は、卑弥呼の墓?とも言われたことがある古墳です。

ヒミコ ⇒ 日の巫女 ⇒ (太陽の)天照大神と推測する説もあります。

⑥二上山も、遺跡が多く、万葉集などで取り上げられることの多い、

大和の名山です。

※桧原神社について

高天原の天照大神から

地球・日本を治めるニニギノミコトに授けられた御鏡は

神武天皇から第十代崇神天皇まで宮中で祀られました。

宮中には

「御床を同じくし、御殿を共にする」という同床共殿の神勅があります。

それにもかかわらず崇神天皇の御代に

宮中の外で天照大神をお祀りすることになったのです。

当時は三輪山ろくに皇居がありましたが、

それより500メートル北に大神神社という

三輪山の神様を祀る神社があります。

大和の一宮です。

それよりさらに1.5キロ北に桧原神社がありますが、

そこに天照大神が移されて祀られたのです。

そのさらに北、纏向(まきむく)に皇居が移ったのが、

第十一代、垂仁天皇の時代です。

その皇女、倭姫命(ヤマトヒメノミコト)が

三輪山から天照大神を祀る良い場所を探す旅に出て、

各地に場所を移されました。

ついに伊勢の五十鈴川の川上にお祀りすることにしたのが、

伊勢神宮の始まりです。

大和の三輪山から東に延ばすと、

伊勢の斎宮(皇女が天皇に代わって天照大神に奉仕する)跡、

これらは元伊勢とされています。

このラインを西に伸ばすと、

淡路島北淡町の伊勢ノ森に行きつきます。

ここの伊勢久留麻神社は1500年前に創建、

伊勢からオオヒルメムチ神(天照大神)を勧請しました。

天照大神に由緒のある場所が多く、アマテラスの道とも言います。

このライン上には大阪の和泉一宮である大鳥神社(日本武尊)、

室生寺もあります。

古代の祭祀遺跡や神社が点在している、パワースポットラインなのです。

2.大和三山

三輪山を中心として、いわゆる大和三山~

●天香具山/香久山(あめのかぐやま)

●耳成山(みみなしやま)

●畝傍山(うねびやま)

が幾何学的に配置されています。

大和三山に囲まれ、三輪山と畝傍山を結ぶ線上に

藤原宮が置かれました。

藤原京は、

三輪山の氣が流れ下り、大和三山の氣に囲まれる

場所に都がおかれたのです。

畝傍山の南東には初代神武天皇を祀る、

橿原神宮があります。

畝傍山の氣が流れ下る場所に初代天皇の神社。

陰宅風水と言いますが、

ご先祖さんを氣の良い場所に葬り供養することにより、

子孫(この場合は皇室と日本国家)に幸福がもたらされる、

という考え方です。

風水というと中国特有のものと思われがちですが、

日本でも土地の氣を得るテクニックが存在しました。

天文地理・奇門遁甲・陰陽道という名で呼ばれていました。

風水という名称は、11・12世紀からです。

3.東国三社

東国三社の

常陸一宮・鹿島神宮(タケミカヅチノ神)

下総一宮・香取神宮(フツヌシノ神)

息栖神社(アメノトリフネノ神)

を地図上にプロットしました。

息栖神社を頂点として利根川河口/当時の日の出に向く、

きれいな二等辺三角形を描いてます。

東国三社とは、古代に東国開拓の拠点となる

3つの重要な場所に置いた神社です。

江戸時代からご利益がすごいと言われ、

東国三社参りがはやりました。

古代に神宮を名乗ることができたのは、

●伊勢(たんに神宮ということもあります)

●鹿島神宮

●香取神宮

の三社だけです。

いまは

明治神宮、平安神宮、近江神宮、橿原神宮、…

など増えていますが、

1000年前は三社にしか神宮の称号は認められていませんでした。

つまり鹿島神宮・香取神宮は

数ある神社の中でもトップクラスの格式!ということです!!

祀られている神様は、

国譲りで日本の礎を作った武神です。

そのためご神徳は

勝利成功や武道・スポーツ、

「鹿島立ち」という言葉があるように、何かを始めるときの強い味方。

息栖神社のご祭神、天鳥船神は

鹿島神宮や香取神宮の神を乗せて運んだ乗り物の神です。

航海・旅の神です。

中世までは霞ケ浦・北浦・印旛沼など利根川流域は

互いにつながっている

広大な「香取海」という入江でした。

江戸湾(東京湾)に流れ込んでいた利根川を

香取海に付け替える工事を江戸時代前期に行いました。

利根川が運んでくる土砂で香取海は埋まっていき、

霞ケ浦・北浦・印旛沼などは別々の湖・沼となったのです。

香取海の水運で下総(千葉県側)と常陸(茨城県側)を結ぶ要の位置に、

鹿島と香取があります。

その香取海の出入り口が現在の利根川河口、銚子です。

その方向に

航海の神アメノトリフネノ神・息栖神社が鎮座しているので

鹿島・香取のパワーを集約して流しだす位置にあります。

最後までお読みいただき、ありがとうございました。




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