前回に続き、年中行事の秘密について解説します。
今回は節分(2月)から端午の節句(5月)までです。
この記事の目次
1.節分
①もともと節分とは四回
節分は年に四回ある季節の分かれ目で、
立春・立夏・立秋・立冬のそれぞれの前日を指す言葉です。
かつて一年は春から始まると考えられていたので
(その名残で正月を新春と言います)、
立春の前日は大みそかに匹敵する特に重要な日とされてきました。
古代中国では疫病や災害を追い払う「追儺(ついな)」という行事が
大みそかの夜に行われていました。
鬼の面をかぶった人を弓矢で追い払う真似をするものです。
日本でも平安時代の宮中で盛んに行われました。
これがもともとあった風習と融合し、
立春の前夜に豆をまく形になっていったと言われています。
夜、家から鬼(邪気)が出ていくようにと、あらかじめ家中の戸を開けて
「鬼は外、福は内」と大きな声で叫びながら、大豆を煎った福豆をまきます。
まき終わったら、鬼が戻らないように、福が逃げないように、
素早く音を立ててしっかり戸を閉めます。
②鰯(いわし)に柊(ひいらぎ)
焼いた鰯の頭を刺した柊を、戸口に飾ります。
鬼は鰯の臭いが嫌いで、柊の尖った葉で目を刺されるのことを恐れるとか。
悪い鬼を追い払うおまじないです。
このことから「鰯の頭も信心から」ことわざが生まれました。
③鬼はなぜ、角と虎柄のパンツなのか
「鬼門」という言葉を使いますが、陰陽五行からきています。
鬼が住むとされる北東「丑寅(うしとら)」の方角を指します。
ここから、牛のような角を持ち、虎の毛皮を腰に巻いている姿で
表現されるようになりました。
桃太郎の鬼退治のお供は猿と雉と犬。
鬼の北東の正反対に位置する南西から始まる、申(さる)・酉(とり)・戌(いぬ)の
干支で選ばれたと言われています。
④恵方巻
「福を巻き込む」大巻き寿司を「縁を切らないよう」丸のまま、
その年の恵方(年神様が宿るおめでたい方角)に向かって黙って食べるというもの。
発祥は江戸時代終わりの大坂の船場という説があります。
2.ひな祭り
①身代わりの人形が起源
雛人形や桃の花を飾り、女の子の健やかな成長を祈ります。
古代中国では邪気に見舞われやすいとされる三月最初の巳の日(上巳-じょうし)に、
水辺で身を清める儀式がありました。
のちに陽の数が重なる3月3日に移り、
平安時代の日本でも、紙やわらで作った人型(ひとがた)で身体をなでて、
災いや凶事を人形に移して川や海に流す上巳祓(流しびな)が行われました。
貴族の間では幼児を災いから救うため、身代わりとなる人形を子供の枕元に置く、
習わしもありました。
宮中や貴族の子供たちは小さな紙の人形で「雛遊び」をしていたそうです。
この両者が結びついたようで、
室町時代になると雛人形は流さずにとっておくようになりました。
雛人形は貴族から武家そして裕福な町人の家にまで広がり、一般庶民にも広がりました。
②雛人形を出しておいたままにしない
もともとは厄払いだったので、いつまでも出しておかずに早めに片づけます。
そのため「長く出したままにしておくとお嫁にいけない」言い伝えもあります。
③桃には特別な力があるとされた
桃は魔を祓う力や強い生命力を持った特別な木とされていました。
『古事記』でもイザナギノミコトが桃の実によって危機から逃れています。
桃の花を浮かべた酒を3月3日に飲むと寿命が延びると言われていたとか。
女の子のお祀りにふさわしい華やかさと祓いの力を持つ桃の花は
雛段に供えられます。
3.春分の日
①彼岸~太陽が真西に沈む、極楽浄土につながりやすい
立春から立夏の前日までが暦の上の春。
春分の日は春の中間点で、この日を挟んだ前後の三日間ずつが春の彼岸。
同じように秋にも秋分の日をはさんで秋彼岸があります。
最初の日を「彼岸の入り」、真ん中の日を「中日」、最後の日を「彼岸明け」と呼びます。
「暑さ寒さも彼岸まで」と言われるように、季節の変わり目を実感する時期、
一年で最も過ごしやすいころともいわれています。
春分の日・秋分の日は、太陽は真西に沈むため、西にあるとされた極楽浄土に
つながりやすい日と捉えられてきました。
それで全国で「彼岸会」が執り行われています。
「彼岸」とはサンスクリット語の「波羅蜜多(はらみた)」を
漢訳した「到彼岸」に由来すると言われています。
悟りの世界・生死を超えた理想の世界である涅槃の世界に至ること。
「彼岸」に対して私たちが暮らしているのが迷いの世界である「此岸(しがん)」。
この此岸と彼岸の間には川が流れていて、その間を渡す船の役割がお釈迦様の教えであると
仏教で説明されています。
②春は牡丹餅、秋はお萩
春の彼岸に作るのが牡丹餅、秋の彼岸に作るのがお萩です。
小豆の収穫後、日が浅い秋は小豆の皮がまだ柔らかいので粒あんで、
小さな萩の花に似せて小ぶりに。
春は小豆の皮が硬めになるので、こしあんにして
牡丹の花のように少し大きめにと、
作り分けるところもあるようです。
4.端午の節句
①午の月・午の日
端午の「端」とは「初」を意味するので、五月の最初の「午の日」を端午と呼びます。
旧暦の十二支の暦で五月は牛。
さらに午が五に通じることから、五を重ねた5月5日に実施するようになったと言います。
②邪気払いのため菖蒲やヨモギそして武具
この時期(今の6月)は高温多湿で伝染病や害虫の被害が多かったため、
邪気払いの力があるとされた菖蒲やヨモギを使います。
菖蒲の根茎からは胃の薬がとれ、菖蒲湯は疲労回復や冷え性の改善に良いとか。
武家社会では「尚武」「勝負」に通じることから、武運長久を祈る行事になりました。
鎧兜や武者人形を飾り、幟(のぼり)や吹き流しを立てて祝うのは武家から始まり、
町人に広がりました。
これら武具は勇ましいだけでなく、災難から子供を守るもの。
武者人形は雛人形と同じく、子供の厄を祓ってくれるものととらえられたようです。
③鯉のぼりは立身出世から
立身出世の象徴である、滝登りをする勢いの良い鯉にあやかって、
鯉のぼりが立てられるようになったのは江戸時代終わりごろです。
当初は紙で作られ室内で飾られ、明治になって布製になり、
昭和になると子供の鯉も作られて家族を連想させるものになります。
邪気払いの五色の吹き流しは長寿の祈りが起源と言われ、
高く掲げる竹竿は神様が降りる依り代の意味があるとか。
④なぜ柏餅を食べる?
柏の葉は冬に枯れても、春に新芽が出るまで落ちないことから
家系が途切れず縁起が良いとされます。
この柏の葉で包んだ柏餅を食べます。
以上です。
参考文献
『日本のしきたり和のこころ』辻川牧子
『しきたりに込められた日本人の呪力』秋山眞人